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2002年11月・・・ママさん様態急変−3−

11月26日 

おとといの夜に仕事を終わらせ遅くにママさんとこに来ました。
疲れたなんて言ってられない。そんな想いです。
夜もあまり眠れないですが、しんどいのはママさん。
昨日はママさんのすぐしたの弟である叔父さんが来てくれてすごく心強い。
昨日夕方からう〜う〜唸りながら息をしている。呼吸も無呼吸になったりする。起きているようだが言葉はほとんど発しない。一度だけ「お母さん分かる?」と聞いたら大きく頷いていた。
主治医の声かえには「はい!」と返事したときには驚いた。
全て分かっているのだ。
昨日の夜も無呼吸が頻繁になりだし、苦しさも増しているようだ。
夜主治医からひとつの選択方法として、24時間の点滴注射で眠らせて
意識を遠のかせる手段があると言われた。これ以上をママさんが苦しそうな声を出しているのはかわいそうすぎる。だけど、人口的にそれをすると完全に死というのを早めてしまう。即決は出来なかった。
一晩ママさんに付いた。
夜中ずっと唸っている。途中泣き声の様になっていた。辛いのだ。
なんとかして欲しがっている・・・。
朝早く、弟と叔父さんが来てくれた。そのときもまだ決断が出来なかった。
でも朝6時すぎから泣き声のように唸っているママさんの姿は辛く、不整脈も変わらず、ますますひどくなっている。婦長さんにどう思いますか?と意見を聞いてみた。
楽にしてあげたほうがいいよ!と言ってくれた。「見てて辛いでしょ?」って。
「本人も辛いはず・・・。だから楽にしてあげた方がお母さんの為だよ。」って。
その言葉で決断した。朝早速主治医に話し、開始した。でもそれでも私は少しでも喋りたかった。
ママさんに「お母さん!お母さん!私、分かる?」って大きな声で聞いたら
それまで唸っていただけなのに薄目を開けて「めぐみ」とはっきり言ってくれた。まだ意識がある!!これで良かったの??ママさんに思わずほほずりしていた。昨日の夜から涙が止まらない。

午後になり夜、ほとんど眠っていなかったこともあるのか、薬が効き始めたのか眠り始めた。
でも看護師さんが「ずっと聞こえているから話かけてあげて!」って。
私はなごり惜しむように耳元で「お母さん、お母さん、ほんまにありがとう!」
って何回も言っている。「よくがんばったね。お母さんすごいよ」って。


私のこの選択は良かったのか??分からない・・・。
脈拍が昨日からずっと130もあったらしく、ずっとマラソンをしているのと同じだと言われた。それだけママさんはがんばっていた。必死で心臓を動かしている。夕方に近づき呼吸が落ち着いてきた。100まで脈拍もおちついている。
すごく穏やかに呼吸をしている。
それでも私はこの選択が正しかったのかどうか?これはこの先思い出すたびにずっと思うんだろうなぁ・・・。
ママさんのまだがんばっている体に顔を近づけて呼びつづける。
「お母さん」って・・・。


11月27日

寒い朝です。 ママさんは頑張っています。 答えてくれないママさんに一生懸命話かけています。 きっと聞こえていると信じて・・・。 看護学校の24歳の男性の学生さんが3週間の実習に来ていたのですが今日が最終日でした。 初めて来た日ママさんは、前3人、付いてくれた学生さんが女性だったので 今回男子学生さんだということと少し頼りなさそうだと、私に不満を言っていました。 私も少しそうかも・・。って思ったんだけどここ数日いろいろ喋っていて いろいろ考えて頑張っていることがわかり、ママさんを代弁して喋っていました。 ママさんはそれまでの学生さんが最終日には泣いて、別れを惜しんでいたから、 今回は私がママさんの代わりをしました。きっとママさんにも十分伝わったはず。 学生くん、頑張って!!! ママさんは完全に腎機能が停止に近い状態です。血圧、酸素、呼吸、落ち着いています。 でも腎機能が駄目なら心臓に負担がきます。このままならいつ駄目になるか・・・。 あとはママさんの頑張り次第。顔はずいぶんむくんでいます。 頑張れ、ママさんの心臓!!もう祈るしかないです。 消灯時間を迎えました。 いつ心臓がパタッ!ととまってもおかしくないらしいから仮眠も出来ません。 コーヒーを濃く入れて気合入れてます。


11月28日

ずっと眠っている。無呼吸はなくなった。呼吸困難の薬物療法としてのドルミカムが効いているのだろう。ママさんは楽なのだろうか? でもね、オムツ替えたら下血がすごくってびっくりした。 なんにも食べてないからウンチなんて出ないのに。って思ってたのに 身体拭くのにいろいろ体位を変えたり、からだ拭いたりしてたら 腸が動いたのかすごい量の血で・・・。 婦長さんが「オネエちゃん、出てた方がいい」と言ったので 婦長さん、看護師さんにまかせた。 血痰も昨日ぐらいからすごい。意識がないからごっくんも出来ず吐き出せも出来ず のどでたまっていく。機械で吸い込むがなんでこんなに血が出るのママさんの身体の中で何がどうなっているのだろう? むくみもすごい。 重力のせいか身体の下にした方にむくみがきている。 手足はパンパンだ。そしって肌はがさがさだ。 勿論おしっこは出ていない。 ママさんはまだ頑張っている。


11月29日

今朝も無事朝を迎えた。 ママさんは、ますますむくむ。 今日もママさんに必死で話かける。 「ママさん、もう頑張らなくていいのにぃ・・・」 「ママさん死なないで・・・。」 矛盾してる。でもどっちもホント! 午後から段々一分間の呼吸数が減ってきた。 通常の健康なひとなら一分間18回ぐらいらしいが お昼すぎには14回になっていた。 今夜は金曜でママさんの弟さんの奥さんが泊まってくれる。と 言って来てくれる。 弟も泊まれるから姉ちゃんは今夜布団で寝たほうがいい。と 言ってくれた。でも私頑張るから。と弟と叔父さんには夕方戻ってもらった。 叔母さんも来てくれた。 呼吸数が夕方には一分間に13回になっていた。 血痰も段々ひどくなっている。バキュウムみたいな機械で吸い込む。むやみには使えない。勢いで傷つけるとなおさら出血するからである。これ以上ママさんの身体から血を出さないで!! そう願う。 夕方遅く婦長さんから呼ばれた。 「お姉ちゃん、今晩は帰らないで!不整脈の出方が変わってきているから明日までもたないかもしれない・・・。ここまで頑張ったんだから見届けて」 その30分後にもs看護師さんにも廊下に呼ばれ、婦長さんと同じような内容を言われた。「もしかしたら朝までもたないかもしれない・・・」いよいよなのか・・・。弟にも電話した。ビールを飲もうか?としていた弟もあわてて叔父さんと来た。夜には呼吸数が12回になっていた。 ただ血中酸素数はまだ十分あった。血圧も落ち着いていた。夜中交代で起きた。でも私は夜中3時間ずっとママさんのベットの横に立っていた。 夜中に血痰も取ってもらう。のど奥でごろごろ言っている。朝がた叔母さんが代わってくれたので少し寝た。このときには一分間に11回にまでなっていた。脈拍数もすごい数だ。通常70ぐらいのはずが寝たままのママさんが150もある。狭心症もあるママさんの心臓は頑張っている。 ママさんのほほにくっつけて「ママさん!ママさん!」と言うのが精一杯だ。



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