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万病のもと糖尿病

ママさんは太っていた。身長155センチで倒れた頃は72キロもあった。
でも若い頃、私が物心ついたころから私の中ではママさんは太っていた。
当時で60キロぐらいだったと思う。だから、母親とは太っているイメージが普通にあった。
40代後半から高血圧といわれて治療をしていたことは知っていたが、体力もあり風邪で寝込んだ姿は記憶にない。
よく働いた。まわりからもいつも元気だねぇ。と言われていた。
よく動いていたのに太っていた。それはよく食べたから・・・。
ほんとに美味しそうに食べた。でも。ママさんはお肉が嫌いだった。
魚は食べたが、それだけを聞いたら太るイメージはないのに、それ以上に量を食べた。果物が大好きで夜ご飯のあと、おなかいっぱいなのにデザートと称していっぱい果物を出してきて「美味しい。美味しい。」とぺろっ!と食べていた。間食もしていた。
それでもいつも元気だったし、何よりママさんは勤め先が病院で調理師をしていたので、何かあったら検査とかすぐしてもらえたし、私もママさんは検診をしてもらっていた。と思っていた。現に血圧の薬はもらってたし・・・。

ところが60代に入り、又急に太りだした。
私はいつも口癖のように「あんまり食べたらあかんで。今、何キロあんの?これ以上太ったら病気なるで。」と言っていたが、ママさんは「ほんまやなぁ」というだけで意に関せずという感じだった。
父の弟、私からしたら叔父が5年前に糖尿病で入院したときママさんはその叔父のために食事のことを一生懸命世話をしてあげていた。目の前で見て糖尿の怖さは知っていたはず。
叔父は結局糖尿とは違う病気で3年半前に亡くなったが・・・。

そんなママさん、まさか自分は・・・。と思っていたのか・・・。
3年前、ママさんは「足の爪がごつなって普通のでは切れへん!」と言って私に見せた。
何、これ?と言った。だが、私も普段離れていて忘れていたが、ある新聞記事で実は白癬菌では?と思い、ママさんに事情を言って倒れる半年前ぐらいから治療をして、ようやく良くなり始めていた。だから入院中、伸びてくる爪は正常になっていた。

又、2年前ママさんと生まれて初めて2人で行ったグアム旅行。そのときにママさんの太り具合に「お母さん、あかんで。太りすぎや。足かって、象さんみたいや」と言ったのを思い出す。今思うとすでにむくんでいたのだ。でもその旅行でもよく食べた。美味しい!といって・・・。

そして倒れる数ヶ月前に膀胱炎になった。というのも聞いた。
でも病院行って薬もらったから。と聞いてたからたいした事ないと それも思っていた。

また、倒れる前によく水分を取っていたとも聞いた。

そして、何より倒れる前の年の秋に咳が止まらないのを私は知らなかった。
60歳を過ぎて気管支炎と言われたというのは聞いた事があったが・・・。
ママさんの友人に入院中、「もうねぇ、私は病院行くように勧めたのよ。ほんとにあの時無理して引っ張っても連れて行けば良かった・・・」と言われ、そんな事を知らなかった自分を悔いた。その年の正月は帰省もしなかったからなお更分からなかった。
電話では週1は喋っていたのだが・・・。

またこれもあとで分かったのだが、1年前のGWの法事でママさんはかなり疲れていたと聞いた。これも私は気が付かなかった・・・。他の人から聞いて知った無力感。

全ては病気の前兆と症状。

糖尿病のいくつかある症状の中に
むくんでくる。足が壊疽したり爪水虫になったりしやすい。
のどが渇く。膀胱炎になる。疲れやすい。
は全て入っている。


おまけに免疫力が低下するから元々弱いところがやられやすい。
合併症。実は糖尿病の場合これが怖いのだ。
脳梗塞を起こしたのだって、狭心症だったのも、実は肺がんになったのだって 糖尿病が原因では?と思っている。
私がもう少し、体のコントロール真剣に考えてやっていれば・・・。
唯一後悔が残る。

ママさんの糖尿病はU型といい、膵臓からインスリンは分泌はされているけれど、その働きが不十分だったり不足したりして高血糖をきたすタイプだ。
例えば、ママさんのように太っていた場合、体が大きい分だけインスリンの絶対量が必要になる。これに「美味しい。美味しい。」と過食が加わるとインスリンはさらに頑張って、上がる血糖を下げないといけなくなる。
そこで膵臓はフル稼動!それが続くと膵臓も次第に疲れてきて、今まで十分量分泌されていたインスリンもだんだん分泌出来ない状態になってくる。
初めのうちはインスリン分泌低下には気付かず、同じペースで生活し続けるため、膵臓の疲れも溜まってきて、インスリンの分泌もどんどん減り、それに伴って血糖が上がってくる。
自覚症状出たらもう随分進行しているのが現実。


糖尿病は万病のもと。


ママさんは、糖尿病にさえなっていなければ、きっとこんなに早く死ぬ事は無かったのではないか?と思っている。

2003.5.8